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突拍子もないことを思いついたときにメモするためのブログ

「正しさ」に殺される日

 僕はたいてい、窮屈な思いをしている。大勢の人が納得していそうな「正しさ」のせいで。

 

 イルカ漁は残酷だからダメ、フォアグラは残酷だからダメ――最近話題のニュース。大勢の人が賛成していそう。

  これって、東日本大震災のときに一時蔓延した「(被災地の人に対して)不謹慎だから~してはダメ」の現象に似ている気がする。友人と楽しく食事に行くのも、街角で催し物をするのも「どこかで苦しんでいる人がいるのに不謹慎だ。自粛しよう」という道徳観に大勢の人が納得した結果、表立って楽しいことや賑やかなことがやりにくくなった。

 

 「不謹慎だから自粛しよう」という正しさに大勢が賛成して「こんな時だからこそ楽しいことをやって明るく過ごしたい」という賛成者の数で劣る別の正しさを潰してしまった。

  ある「正しさ」が戦う相手は必ずしも「正しくないもの(悪いもの)」ではなくて、・・・・・・いやむしろ、正しくないものと戦っていることなんて稀で、ほとんどの場合は「支持者の違う別の正しさ」なんじゃないかな。

 

 僕はどっちかというと、世の中の多数派の中にはいつだって身の置き所がないような、はみ出し者の人間(非リア充・オタク・運動音痴)だったので、社会が推奨する「正しさ」にはどうも同調できないことが多かった。

  たとえば、2次元ポルノの表現規制の根底にある「児童ポルノだからダメ」「性を搾取しているからダメ」「人権を蹂躙しているからダメ」という「正しさ」。

 その対岸にある「社会からつまはじきにされてきたモテないオタクのせめてもの性的欲求の慰めを奪うのは残酷だからダメ」という正しさに賛成してくれる人、きっと少ないんだろうなあ。

 

 イルカ漁はダメじゃない。フォアグラはダメじゃない。2次元エロはダメじゃない。僕はそう声をあげたい。そうしないと、大勢の信じる「正しさ」によって、いつか僕は死ななければいけない日が来そうな気がするから。